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【旧正月】神社と満月の関係



今日は旧正月、明治以前までの元日です。

山口では良い天気に恵まれ、まさに新春といったすがすがしい陽気です。

中国など東アジア・東南アジア圏では、今でも新暦のお正月より旧正月のほうが盛大に祝われる地域が多いそうですね。



旧正月、その名の通り旧暦のお正月です。

たびたび耳にすることのある旧暦、神社とは深いかかわりがあります。



神社のおまつりって、15日のあたりでおこなうことが多いことはご存知でしょうか。

10月15~17日の伊勢神宮神嘗祭(かんなめさい)、5月15日の京都の葵祭、9月15日の石清水祭……。

七五三のお参りも、11月15日です。



これらはすべて旧暦に由来しているんです。

その理由は、神さまに最高のおもてなしをするため。

詳しく説明していきます。



旧暦の毎月1日は必ず新月です。そして毎月15日は必ず満月。

月の満ち欠けというわかりやすいものから、現在の日付を確認していました。

これを「太陰暦」といいます。



しかし、それだけでは1年が約354日しかなく、地球の公転周期(1年=365.25日)からどんどんずれていってしまいます。

放っておけば1月が夏に、8月が冬に、なんて事態におちいってしまいます。



そこで太陽の運行も参考にして、季節のズレを解消。(夏至の月は5月、冬至の月は11月などと決めていました)

これが現在旧暦とよばれている暦です。

月と太陽、両方とも目安にすることから、「太陰太陽暦」といいます。



さて、神社のおまつりに話をもどします。

明治以前、神さまのおまつりは夜におこなうものでした。



昼の時間は人間の時間、夜の時間は神さまの時間とされてきたからです。

夜通しお神楽を舞ったり、ご近所さん同士でお供えのお神酒を酌み交わしたり、年に一度のハレの日を満喫したそうです。

そんなハレの日、せっかくなら満月の明るい月明りのもとで楽しみたいですよね。



そして、月には神秘的な力がある、と信じられてきました。

満月の夜には鬼が出歩かないともいわれていたそうです。



月明りがとても明るく、おまつりの準備やお神楽などをおこなうときもよく見える。

神秘的な月の力がとても発揮される。



以上の理由から、神社のおまつりは満月である15日のあたりでおこなわれることが多くなったのです。



おまつりというのは、人間が日頃お世話になっている神さまに対しておこなう最大のおもてなしです。

ご馳走をお供えしたり、お神輿におのせして町を巡ったり、お神楽をお見せしたり……。

人間が思いつく最高の条件でおもてなしをしようとすれば、満月の夜におまつりをすることにも納得がいきますね。



旧暦は明治のはじめに幕をおろしましたが、古くから伝わる風習は旧暦をベースに考えたほうが合点がいくこともおおいです。



お正月に飾る門松もそのひとつ。

門松には松・竹・梅、それぞれを飾りますが、新暦のお正月の時期には梅の花はまだ咲いていません。



「なんでまだ咲いていない梅の枝を飾るんだろう」

小さいころ疑問に思っていました。



しかし、旧正月の時期の梅は、一輪一輪花がほころび、たいへんかわいらしい姿をみせています。

本来の門松には、こういった梅の枝を飾っていたんですね。

いつか、はなやかな梅の枝が飾られている門松も見てみたいものです。



旧正月、あらためまして明けましておめでとうございます。

日本人がすごした新暦の暮らしは約150年あまり、対して旧暦での暮らしは1,500年をゆうに超えています。

我々のご先祖さまが、どのような風習で暮らしていたのか、思いをはせる一日にしてみましょう。



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