大祓で祓う罪けがれって?


年に2回、夏の6月30日と、年末の12月31日には「大祓式(おおはらへしき)」が全国の神社にて執り行われます。

その目的は、神主や参列者、参列は出来なかったけれども自分の身代わりとして人形を送られた方々の、半年間に降り積もった「罪」と「穢れ(けがれ)」をお祓いすることです。




では、この罪と穢れとは、いったい何なんでしょうか?


株式会社平凡社の『世界大百科事典』には、


罪が広く社会の生業を妨害し規範を犯して集団の秩序を破壊する意図的な危険行為を指 すのに対し,穢は人畜の死や出血や出産など異常な生理的事態を神秘的な危険として客体化したものである。


と書かれています。

事典なので仕方がないことではありますが、少し分かりづらいですし、あまりピンとはきませんよね。


そこで当社では昔から夏越大祓の時、


”罪”とは「自分さえ良ければ良い」という”わがままな気持ち”

”穢れ”とは罪が積み重なって”元気が無くなる”こと


であると説明してきました。


本日は夏越大祓も近づいてきましたので、そのことについて詳しく記していこうと思います。



”罪”=わがままな気持ち

罪、と聞くと「犯罪」のイメージから、どうしても大きな悪事をはたらくことを想像してしまいます。


しかし、悪事をはたらくことだけが、罪ではありません。


日常生活をおくっていると、「いけない」と分かっていてもウソをついたり、自分勝手なふるまいをしたり、ミスを他人のせいにしたり……


と、「自分さえ良ければ良い」という行いをしてしまうものです。


これは人間である以上、致し方のないことではありますが、やはり集団生活を送る上でやってはいけないことは明らかです。

この「いけない」と分かっていてもしてしまうわがままな言動を、神道では”罪”と捉えます。


この罪が積み重なっていくと、どうなっていくでしょうか。



”穢れ”=元気がなくなる様子

自分にも、そしてウソをついた相手にも申し訳ない、という気持ちが積み重なると、どんどんと心が落ち込んできます。


「正直に言えばよかったな……」


「自分のせいなのにな……」


心が落ち込んでくると、当然活力を失い、元気がなくなってきます。

この状態を”穢れ”といいます。

病気とまではいかなくても、普段なんとなく元気がないなぁ、という状況は多々ありますよね。


一説には穢れとは「気枯れ」、つまり気持ちが枯れることからきている、ともいわれています。


ちなみに、出産やお葬式などの非日常のことも「穢れ」という場合があります。

その場合は大祓ではなくその時々に「お祓い」を行い、日常に戻る作法をします。

出産の場合は初宮参り、お葬式の場合は家に入る前のお塩などです。



罪穢れは日常にあるもの

今まで説明した通り、罪と穢れは普段生活していて縁遠いものではなく、身近に存在する「あ、しまった!」という言葉や気持ちの”ブレ”をいいます。


身近にあるからこそ、頻繁にそれをリセットする必要があります。


その神事が「大祓式」です。


大祓式は平安時代初期に制定され、全国にて行われてきました。

我々の祖先は、この”ブレ”が日常に大きな支障をきたすことを、直感的に分かっていたのでしょう。



大祓式とは


我々日本人は日本の神々から生まれてきた、というのが神話の教えです。

そして神話を読むと分かりますが、日本の神々はあまり細かいことは気にせず、あっけらかんとしてとても明るく素朴で純心です。

そこに罪や穢れといった意識はありません。


そして神々の子である私たちも、生まれた時はそうであったのでしょう。

しかし日常を送る上で罪が降り積もり、心が穢れてきます。


そこで年に2度、心の穢れを祓いのけ、生まれ親である日本の神々のような、子供たちのような、明るく素朴な心に若返ろう!


というのが、大祓式の意義と考えます。

このことを神道の言葉で、”常若(とこわか)の精神”といいます。



むすびに

近年の感染症流行を受け、全国の神社にて夏越大祓の問い合わせが増えているとのことです。


大祓には疫病除けの目的はもちろんありますが、それと同時に、罪穢れを祓い、明るい心に戻りましょう、という大きな意義もあります。


皆さまも近くのお宮の大祓に参列される際は、この大きな意義を理解した上で臨まれると、更にありがたさを感じられると思います。

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